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自分用の備忘録です

「砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない」にみる承認をめぐる闘争

自分が一年の頃に提出したレポートをこちらにあげます。一つはアーカイブとして。一つは振り返りとして。勿論ないとは思いますが、転載、それに類する行為は厳禁ですよ。

 

 

 

 

1.作品紹介

「その日、兄とあたしは、必死に山を登っていた。見つけたくない「あるもの」を見つけてしまうために。あたし=中学生の山田なぎさは、子供という境遇に絶望し、一刻も早く社会に出て、お金という“実弾”を手にするべく、自衛官を志望していた。そんななぎさに、都会からの転校生、海野藻屑は何かと絡んでくる。嘘つきで残酷だが、どこか魅力的な藻屑となぎさは序々に親しくなっていく。だが、藻屑は日夜、父からの暴力に曝されており、ある日―。直木賞作家がおくる、切実な痛みに満ちた青春文学。」(角川文庫版裏表紙あらすじより)そして、ある日海野藻屑は父親に殺害されてしまう。時代背景は現代であり、物語の舞台は日本海側の海沿いの小さな町である。

この物語は二人の少女の「承認をめぐる闘争」の物語である。一人は山田なぎさ。もう一人は海野藻屑。この二人のキャラクターは対照的である。山田なぎさは10年前の大嵐で父親を亡くし、ある時からひきこもりになった兄とパートで働く母との三人暮らしで、母親に代わって家事をこなす。家庭は裕福とは言えないが不幸せでもなく、彼女は将来の展望についてもあり、現実的なものの見方をする。一方海野藻屑は裕福な家庭ではあるが、唯一の肉親である元有名芸能人の父親から肉体的虐待を受けており、バカで能無しと蔑まれ人間らしく扱われていないが、離婚した母親を憎み父親を偏愛している。脚と耳の障害は父親の肉体的虐待によるもので、将来に絶望し、妄想的で突拍子もない言動や行動を繰り返す。

 

2.山田なぎさの承認をめぐる闘争

 彼女には「権利の剥奪」が起きていた。それは彼女が未成年で、13歳であるが故だ。義務教育を受け、親の庇護の元、暮らさねばならない。これは一種の他の大人と同じ「大人の」人間であるという権利を持っておらず道徳的責任能力に欠けているとみなされているに等しい。彼女は自分が子供で、家庭やその金銭的な境遇に強く不満を持っており、それが自分のアイデンティティの一つと思うくらいに不幸であると思っていた為、一人前の大人になりたい、という「認知的承認」を一層強く求めていた。その為に実際の生活面においては「実弾主義」、つまりパートで多忙の母に代わり家事をすべてこなし、ひとりで兄の世話をし、将来は自衛官になり、すぐに給料をもらい、大人の仲間入りの準備をすることでゆくゆくは自分が家族の生活を支えていく為の準備をしていた。また、現実的な考え方をし、無駄なことを省こうとする。その為、物語中では藻屑の妄想的な言動、嘘を否定するような考え方や言動をしていた。

しかし、絡んでくる藻屑を邪険にするもなんだかんだと共に行動するうちに、段々と藻屑に引っ張られていき、藻屑が自分よりも不幸なことや、その不幸さが自分のアイデンティティを脅かすのをどこか恐れていたのではないかと気づく。そして自分よりもかわいそうな藻屑を、そう考えるに至った自己への嫌悪を抱きつつ友達と認め、藻屑のことを気遣い、藻屑の味方をするようになる。藻屑が脚と耳に障害を持っていて、父親から虐待を受けているという藻屑が自身に隠し続けた真実を自分の母親から聞き、そして自身や藻屑は大人ではなく、また、どんなになろうと努めたところで今すぐ大人にはなれないということを認識したときに、大人になりたいという願望は途方もなく遠いものに彼女の中でなってしまい、彼女は行き詰った現実から、幸せで、子供に必要な「安心」というものがある場所へ藻屑と一緒にどこかへ逃げようとした。だが結局逃げるための準備をしに家に帰った時に父親によって殺害され、藻屑は山に棄てられてしまう。

そしてその後、実は先生達が児童相談所と藻屑を保護する方向で動いていたことを知ったこと、兄が高等遊民、つまりはひきこもりをやめて自衛官になったことによる家計の改善、彼女自身の成長というような、自分の中の「子供」を藻屑が墓場まで持っていってしまったこと、大人への理解が深まったこと、家計が安定したこと、彼女自身が年齢を重ねたことによりこの承認をめぐる闘争はひとまず終焉を迎えた。

 

3.海野藻屑の承認をめぐる闘争

 彼女は他者との関係においてあらゆる面で「承認」を受けられていなかった。特に、父親による「虐待」、「尊厳の剥奪」、「権利の剥奪」などが起きており、それについては家庭による問題が大きく占めていた。これに対して彼女は父親からその「承認」を受けることを諦め、むしろその父親が自分から奪っていくことを自分への関心があるということとして捉え、自分への愛であると考えた。そして、その不足した「承認」は父親以外の他者に求めることにした。自分を満たしてくれるような本物の友達を作ることで自分とその他者の間にのみ適用される承認体系を築くことで自分を満たそうとした。その為に彼女が用いた、自分に注意をひきつける方法が嘘をつくことであった。彼女は嘘をつき、他者に自分を注目させ、その寄ってきた他者の中から自分を受け入れてくれる本物の友達を見つけようとした。これは彼女にとっては勇気のいる方法だった。その為、物語中彼女は、自信を勇気づけるために何回もミネラルウォーターをぐびぐびと飲む。

しかしそんな嘘にも一人だけ食いつかなかった。山田なぎさである。自分の嘘に惹きつけられないなぎさに彼女は惹かれ、彼女はなぎさに友達になってくれと頼む。だが「実弾主義」のなぎさは本当のことではなく、すぐに消えてしまう「砂糖菓子の弾丸」を周りに撃つ、つまりは嘘ばかりをつく彼女に取り合わない。彼女は諦めずになぎさに絡むようになる。

時が経ち、なぎさが彼女を理解し始めるのと同時に彼女がなぎさを理解し始めたせいか、ただの興味だけでなく本当に自分の友達になってほしいと思うようになっていった。しかし彼女は父親が自分に示した独占する「愛」しか知らなかったので、二人だけの世界を望んだ。その為に自分の知りうる範囲内でなぎさの興味をひこうとするものを取り除こうとした。それが、なぎさの気になっている男子の花名島となぎさを互いによくない印象を持たせる為に、飼育係であるなぎさが世話をしていたウサギを皆殺しにし、犯人を花名島だと言い張るという行動を起こした原因だった。そしてその報復に彼女は花名島に殴られる。しかし彼女はその父親流の愛を示す方法が間違っていると、花名島に自分を殴ったお返しをしたときに気づく。

「…こんな人生ほんとじゃないんだ」

「きっと全部、誰かの嘘なんだ。だから平気。きっと全部、悪い嘘」(本文より)

この発言からも自分の置かれた境遇、自分の中にある違和感に気づき、それでも自分が自分でいられるように自分にまた嘘をついたことがわかる。そして

「だけど、いつか、別の場所に行くよ。ここじゃないところ。ぐぅぐぅいつまでも惰眠を貪れるような場所がいいな。深い海の底。波に揺られて微睡むだけで、十年に一回、卵を生むだけで、後はなにもしない…」

「うん。汚染された海で、いつまでも微睡んで、それだけで…」(本文より)

となぎさに告白し、それに触発されたなぎさと共に逃げる準備をしに自宅に戻ったところで父親に殺害される。

彼女はなぎさと友達になり、苦しみや悲しみを共有し、一緒に逃げようと誓い合い、そして自分の望んだ「承認」を得た。気づかぬうちに彼女の「承認をめぐる闘争」は終わりをつげ、父親からの精神的自立が可能な状態に達していた。しかし本来得るべきであった父親からの承認は得られず、その結果暴走した父親によってその自分の望んだ「承認」は否定されてしまった。永遠に彼女は父親の所有物になってしまったのだ。

4.最後に

 どちらのキャラクターも最終的には自分の望む「承認」を得ることが出来たのに二人の結末の間には天と地の差がある。この物語の問題の解決策はとにかく物理的に「大人になること」であった。大人になるまで生き延びること、と言い換えることもできる。大人になれば自分でお金を稼ぎ生活を立てることができる。自分でどこまでも別の場所へ行くことができる。他の共同体へいくらでも移ることができる。

でも彼女らは子供であった。子供は親を選べず、また、自力で問題を解決する能力にも乏しい。その為に彼女は親たちと同じ土俵である大人というものになる必要があったのだ。いくら精神的自立に近づこうとも、人間形成において順調にいっていても、生き続けることができなくては元も子もない。

この物語はこのように二人の少女の承認をめぐる闘争を描く一方、それだけでは解決できない現実を突きつけてくるし、藻屑の死がなければなぎさの承認をめぐる闘争は終わらなかったかもしれないということを念頭に置くと何かと考えさせられる作品であった。

 

5.参考文献

桜庭一樹 2009年 『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet』 角川書店

桜庭一樹 2004年 『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』 富士見文庫

教育学、「承認からみた人間形成論―ホネットとヘーゲル―」、「ヤニカの事例解釈」の授業プリント、ノート

 

 

 

 

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない (富士見ミステリー文庫)

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない (富士見ミステリー文庫)

 

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